柴田英司 スバルテクノロジー:アイサイトへの道 ステレオカメラと共に歩んだ、孤高の20年

最終更新日:2024/11/26 公開日:

アイサイトへの道 ステレオカメラと共に歩んだ、孤高の20年

これまで、クルマの安全技術は大きく分けて二つの考え方に基づいて開発されてきた。
ひとつは運動性能や限界時のコントロール性をしっかりと確保することで、クルマが危険な状況に陥らないようにする『アクティブセーフティ』。もうひとつが万が一の事故に遭ってしまった場合に、衝突時のエネルギーを吸収し、キャビンを守る『パッシブセーフティ』である。そして最近注目を集めている第三の安全技術が、『アクティブセーフティ』『パッシブセーフティ』の間にある『プリクラッシュセーフティ』だ。ドライバーの認知能力をサポートし、衝突を避けるために必要とあればクルマが自ら制動操作を行ない、事故被害の低減を目指す技術・衝突前安全だ。




5月に発売されたレガシィ(2010年モデル)は、すべてのモデルにSUBARU独自のプリクラッシュセーフティシステムである『アイサイト』を設定した。
しかもその装備価格はプラス10万円と、同種の装備の中ではかなりリーズナブルな設定だ。それは、既にこのシステムが特別な安全装備ではなくなりつつあることを意味する。近い将来、アイサイトもABSやエアバッグのように当たり前の安全装置として設定されるようになるだろう。


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しかし、現時点でSUBARUが他社にさきがけていち早くこのシステムをこの価格で世の中に出すことができた背景には理由がある。それは、独自に開発した2台のCCDカメラを使った運転支援システムの研究を、20年にわたってコツコツと継続してきた蓄積があったからだ。本稿では、“ステレオカメラ”という独自の技術と共に、SUBARUが歩んできた新時代の安全技術開発の歩みを紹介します。

ライフスタイルデザイン

複数のCCDカメラで前方の道路状況や障害物をとらえ、ドライバーの負担を軽減するシステムをSUBARUが公開したのは、今から19年前の1991年にさかのぼる。この年の秋に開催された『第29回東京モーターショー』のスバルブースに、HIDヘッドランプやヘッドアップディスプレイ、タイヤ空気圧モニターなどと共に“予防安全”の先進技術として『ADA(アクティブ・ドライビング・アシスト)』を紹介するエリアが設けられた。

既に88年からステレオカメラの研究に着手していたSUBARUは、その成果として400×200画素の画面を0.1秒で処理するリアルタイムステレオカメラを発表し、前車との車間距離を一定に保つ「安全間隔走行」、走行レーンを認識して逸脱しないように走る「車線追従走行」、衝突を回避、または自動的に停止する「障害物回避」(いずれも当時の表記)などの可能性を示した。アイサイトに至るSUBARU独自のステレオカメラによる運転支援システムの構想が、産声を上げた瞬間であった。







なぜステレオカメラなのか?

1台のカメラがとらえる画像情報からも、白線や標識、写っている物体との相対速度などを得ることができる。しかし、カメラから得た情報をコンピュータで解析し、ドライバーに違和感を与えないハイレベルな制御を行なうためには対象物との正確な距離情報が必要だ。ステレオカメラは、2つのカメラから得られる情報を元に、三角測量の原理で対象物までの距離を計測する。

当初、開発に携わったエンジニアはステレオカメラを選んだ理由について
「ドライバーは運転に必要な情報の9割近くを目からの情報に頼っている。だから人の目に最も近い構造を持つステレオカメラは運転をサポートするのにふさわしい装置であろうと考えた」
と語っている。さらに現在までアイサイトの開発プロジェクトをリードしてきた柴田英司(スバル技術本部 電子技術部)はステレオカメラならではの特性を次のように話す。
「人の目もステレオカメラも二つの目で見ることで対象物を立体的にとらえることができるという点は同じですが、ステレオカメラには加えて、“対象物との距離を数値化しなければならない”という機能が求められます。これは人にもできない部分です」

コストが高くなってしまう

他がやらないシステムを一から開発するということは、開発からテストまですべてを自分たちでやらなければならず、コストが高くなってしまうのは避けられないことであった。特にステレオカメラの場合は、二台のカメラからの情報を処理するために計算量が多く、リアルタイムでの映像処理をするためには、高度なソフトウエアと専用のハードウェアを必要とし、開発初期にはカーゴルームに満載した装置を持ち歩かなければならなかった。

また、カメラからの情報だけを頼りにしているステレオカメラは、人間の目と同じで逆光や霧などで前が見えなくなってしまうと弱かった。 「それぞれのシステムに得意、不得意な部分があります。もちろんわれわれはステレオカメラの持つ価値を十分に理解した上で開発を進めていたのですが、正直他のメーカーがやらず、手間もコストもかかるこの新しい技術を、本当にモノにすることができるのか?と悩んだ時期もあります」 と、柴田は開発初期のパイオニア故に抱えなければならなかった悩みを振り返る。

1.ADAの熟成

ADAの発表から8年を経た1999年、世界で初めてステレオカメラによる運転支援システムを備えた市販車として「レガシィランカスターADA」がデビューする。このときのシステムは、ステレオカメラが前方の状況を認識し、ナビゲーションシステムの地図データなどと合わせて周辺状況を総合的に判断し、「車線逸脱警報」「車間距離警報」「車間距離制御クルーズコントロール」「カーブ警報/シフトダウン制御」などを行なうものであった。

さらに2003年、四代目レガシィに設定された「3.0R ADA」は、従来のステレオカメラに加えて新たにミリ波レーダーも採用し、両者からの情報を協調制御した。これによってステレオカメラが苦手としていた夜間や霧などの状況もカバーしようとしたのだ。 「メカニズムとしては優れたものでしたが、販売価格は高価なものになってしまいました。

開発方針を大きく転換

どんなに優れたメカニズムでも、お客様にご購入いただき、使っていただかなければ意味がありません」 この時の苦い経験から、柴田は開発方針を大きく転換した。機能と価格とをバランスさせ、本当に多くのお客様の役に立つメカニズムの開発を目指したのである。

2006年にはステレオカメラは使わず、レーザーレーダーだけで全車速アダプティブクルーズコントロールを行なう「SI-Cruise」を搭載した四代目レガシィがデビューしている。「追従クルーズコントロール」「先行車発進モニター」など、支援内容は限定的であったが、低コスト化を図ることで、これまでにない普及を促進し、お客様からも一定の評価を得た。しかし、レーザーレーダーにはステレオカメラほど正確な状況把握をすることはできなかった。

可能性を信じてあきらめずに開発を続けてきて、ようやくここまでたどり着いた。やっとアイサイトが生まれた

2007年、SUBARUは日立製作所と共同で、毎秒30回の周期で各画素の距離情報を取得できるステレオカメラ専用の画像処理LSIを開発した。同時に処理装置とカメラ本体とを一体化することで小型化を図り、コストの低減も可能となった。
2008年にはこの新しいステレオカメラシステムを搭載したレガシィアイサイトがデビューする。販売価格もプラス20万円程度となり、安全と快適なドライブのために購入するユーザー数も飛躍的に増えた。

試乗会でアイサイトを初めて体験したドライバーからは、「機械が運転に介入しているという感じがない」「いざというときの安心感がある」「クルマ好きが乗って楽しい」といった反応を聞くことができた。
こうしたコメントを聞いて、柴田は満足そうに微笑んだ。

SubaruTechnology

安心・快適なドライブをすべての人に

アイサイトがデビューしてから2年。柴田をはじめとする電子技術部のスタッフは、この間に多くのユーザーからの要望を集め、より緻密にドライバーの意図に近い制御をするための新たなソフトウェア開発を行なった。さらに、プリクラッシュブレーキの制動力を上げ、30㎞/h以下の速度域では衝突の回避も可能とするなど、運転支援の範囲も大幅に拡大した。
こうしてバージョンアップを図り、柴田いわく「現時点での限界のパフォーマンスを盛り込んだ」アイサイト(ver.2)が5代目のレガシィに搭載されたのである。
アイサイト(ver.2)では警告表示や警報音の出し方もより控えめになり、従来よりもさらに一般性の高い装備となっている。また、プラス10万円というその価格は、アイサイト(ver.2)の本格的な普及を考えるSUBARUの意気込みを強く感じさせるものだ。

この価格であれば、不注意でコツンとぶつけてしまってフロントバンパーを修理するためのコストを考えれば、装着していただけるのではないでしょうか。ともあれ、ステレオカメラの可能性を信じてあきらめずに開発を続けてきて、ようやくここまでたどり着いたという感じです。しかし私たちの開発はここで終わりではありません。SUBARUが目指しているのは、『あらゆる人にあらゆるシチュエーションで安心・快適なドライブを提供すること』です。技術は以前にも増して速いスピードで進化しています。これからはクルマ単体だけでなく、インフラや他車との情報のやりとりといった技術もさらに発展していくことでしょう。その中で、クルマメーカーとしてSUBARUがやるべきことはまだまだたくさんあるのです」

新しい技術の可能性を信じ、紆余曲折を経ながらもあきらめずに新たな価値を持った装備として育て上げてきたエンジニアの、清々しい表情がそこにあった。








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